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「坂本勇人に抱かれながら二岡智宏の夢を見ていた」

 

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僕と坂本勇人の出会いは、2007年9月6日・ナゴヤドームの中日戦、延長12回無死満塁で代打で登場し、中前へ決勝の2点タイムリーを打った、あの日あの時あの瞬間を鮮明には覚えてはいない、が、ラジオで聞いていたのを覚えている。

 

坂本勇人が巨人軍の栄光あるショートストップに君臨するであろう、そんな期待感を集め、船出を飾った年、僕は「片栗粉X」作成に夢中な中学生であった。

 

坂本のプレーに魅せられ虜になるのは時間の問題であった、インコを愛撫するようにグラブで捕球し、腰をひねり足を振り上げる。エネルギーを指先へと伝達させていく。魂と力を指先から解放させる機構。雨雲を的にしてダーツを投げるようにボールを投げる。その動作一つ一つに華があった。顔も良い、スタイルも良い、NPB史上最高の遊撃手の誕生である。

 

 

このセカイは終わる。僕は安堵していた。

 

 

といっても、当時巨人軍の遊撃には二岡がいた。守備は決して巧みというわけではなかったが、天性の右打ちに加え、モナがいた。坂本は入団時の目標に「二岡さんのように右にもホームランが打てるような選手になりたい」と目標を口にしていた。その選手と皮肉な事にポジションが被った。でも坂本の遊撃としてのセンスは二岡のそれとは比べ物にならないほど高い事は火を見るより明らかであった。そして某二岡はモナとなり北の大地へ消えていった。

 

 

「二岡はいいよなあ。モナがいて」

 

 

これが予想以上に大きい出来事だった。たまに考える、仮に彼がモナらなかったら坂本はどうなっていたんだろうか、なぜなら開幕戦坂本はセカンドで先発していたから。

 

オガラミを筆頭に戦力が充実していた事もあり、坂本はフル出場を果たす。もともと負担の大きいショート・硬い人工芝、高身長の遊撃手をフルで使い続けるという虐待行為になんとも言えない気持ちになったが、不安材料は他にも

 

性器のハンサムボーイ坂本君は夜遊びもまた華麗である、腰と膝を酷使し過ぎてるのではないか、キャバクラに行き、ボビー・バレンタインを屈曲させたようなひょうたん顔の女に垂らしこまれていないか、心配であった。

 

結局フル出場は 2014/05/02、球団歴代2位662で止まるまで続いた。

 

彼はブルヒッターにも拘らず右打ち(広角)に打つ打撃に対し異常なこだわりを見せ、僕の中に二岡・坂本論争が生じた。今思えば意味不明だが、僕は二岡ファンだったので色々と思うところがあった。

 

だが先述したように、二岡はモナった。もういない。クメール・ルージュ政権下のカンボジアとでも形容したくなるような、ちびっ子大好きクラブ球団に左遷されてしまったのだから、もういない。坂本は広角打法に拘るあまり長打が減少し自分が思い描いていた、遊撃で.280.30本のスケールの大きい選手とは逆にいってしまった。

 

気がついたのは、僕は坂本の巨人軍のコアとしての働きを期待しつつも、二岡の幻影を追いかけているという世にも奇妙な事実だった。

 

目の前の坂本勇人を見つめながらも、僕が探しているのは金の二岡で、あるはずのない銀の二岡を夢見ながら、妥協するかのように、坂本勇人を手に取っていた。

 

「二岡智宏に抱かれながら坂本勇人の夢を見ている」と思い、切ない気持ちにさせられた。

 

 

坂本天才すぎる、ブルヒッターなのに右打ちがどんどん上手くなり進化が止まらない、凡人の理解を超えとる、更に守備も安達と並び球界最高の守備範囲と肩の強さを誇る、生まれてきてくれてありがとう坂本どうか末永く巨人軍をお守りください。