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時代遅れのハゲ!上流巨人ファンの僕が高校野球を生理的に受け付けない理由

 

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他の記事を見ればわかる通り僕は野球が大好きです。高校野球が嫌いと言うより、高校野球を取り巻く環境が生理的に嫌いで、生理的に無理なポイントいくつか上げたいと思う。

 

 

 

 

 

ハゲ主義

 

なぜ全員ハゲなのか、短髪とか、長髪の中にハゲが紛れ込んでるならまだわかる、なぜ全員ハゲなのか、様々かつ色取り取りなヘアスタイルがある現代においてなぜハゲなのか、なぜ全員ハゲなのか、ハゲや坊主が嫌いなのではなく なぜ全員ハゲなのか。という点。

 

 

 

 

 

空襲警報のようなサイレン

 裏で戦時体験のあるご年配の方が防空壕に非難している可能性を危惧している

 

 

 

 

 

美化主義

メディアやその他の取り巻きよって高校野球を感動ストーリーに仕立てあげようとする傾向にある、中身をしっかり精査せずに、結果ばかりに着目する。炎天下に疲弊していく若者の姿を見て観客がスポーツを精神論で楽しむあたり、古代ローマ市民が奴隷を剣闘士という名の見世物とし、それを見物し盛り上がってたのと同じで、一歩引いて見ると気色悪い、NHKの解説も毎回ボケ老人のように酷使を正当化し同調するような発言ばかりする。あくまで「高校野球は教育の一環」という主義を通すなら、第3者が勝手に感動に酔いしれてる間に選手の身体はどうなっているのか考えるべきだろう、高野連は未来ある選手の為に一刻も早く強制的に休養を与えるようなルール改変を行うべき。

 

 

 

 

よく議論の対象になる球数問題について文章にする。

 

高校野球における投手酷使の実例

 

松坂大輔 1998年夏 767球

西村健太朗 2003年  678球

ダルビッシュ有 2003年夏 505球

辻内崇伸 2005年夏 696球

田中将大 2006年夏 658球

斎藤佑樹 2006年夏 949球

吉田正男 336球

※これは、甲子園での1試合での最多投球数

 安楽智大 5試合で772球

一二三慎太 5試合665球

藤浪晋太郎 選抜・5試合659球 夏・4試合で516球

大西健斗 5試合全で527球

大野倫 ダブルヘッダーの練習試合で2試合18イニングを完投した2日後、投球練習中に右ひじが壊れた。医者の警告を受けながら痛み止めの注射を打って登板し、決勝まで6試合全てで完投、3回戦以降は4連投となった。大会後、右ひじの疲労骨折と診断され、手術を受けたところ剥離骨折した親指の爪ほどの骨片が複数摘出されたという

 

 

 

球数制限 反対派の意見

反対派意見の一例 小泉進次郎氏「球数制限すると名勝負は生まれない、日本のスポーツの良さでもある」この手の意見はバッサリ切ろう。日本人は「悲劇のヒーロー」的な存在が好きで、高校野球という言葉・イメージだけで何でも美化・美談にする習性がある、選手を止めるのも大人の役目であると認識するべきだし日本は「将来有望なアスリートを守ろう」という視点に欠けていると思う。高野連・八田英二「投手が1人、2人しかいない加盟校も多く、現状踏み切れない」これは、球数制限をルールとして設けると県外から有望な選手をかき集められ複数の有力投手を用意できるチームよりが上に行きやすく、エースとそれ以外に力量差があるチームは端から詰む。もっともな意見と言いたい所だがそんな弱小高の水準に合わせてどうすんだよ。ってのが個人的な意見

 

故障のリスクを考え100球を目安としているのが現代野球であり、成長期の段階で投げすぎるのは非常に危ないというのが一般的な意見だと思います。自分は球数制限賛成派の一人ですが、特に思い入れもなく甲子園は品評会ぐらいにか捉えていないので「有望投手さっさと負けろ」「ベンチ人数拡大しろ」とかそんな風にしか考えてない

 

 

 

野球評論家の パク・ドンヒが日韓の野球界の悪しき体質を「アジアAAA選手権大会」「辻内崇伸」「ハン・ギジュ」を元に強く批判する記事を書いていたので部分的に抜粋して紹介。

 

 

 

「以下記事の通り」

 

日本の左腕エース辻内崇伸(大阪桐蔭)は10イニングで173球を投げる怪力を発揮し、勝利を収めた。辻内は3試合で432球を投げ、この大会(アジアAAA選手権大会)で日本が収めた4勝のうち3勝を1人で投げ抜いた。

 

一方、光州東成高の3年、ハン・ギジュ(右腕)も時速154kmの速球に、フォークボール、スライダー、カーブなどを自在に操る好投手だった。

 

日本とはプロ入りのシステムが異なる韓国で、ハン・ギジュはすでにKIAへの入団が決まっていた。KIAはハン・ギジュを大リーグ球団に奪われないようにと、10億ウォン(約8000万)という高額の契約金を用意した。当時、韓国プロ野球史上最高額だった。

 

しかしハン・ギジュは高校時代の酷使の影響で大会前からひじに痛みを訴えており、それがAAAアジア選手権大会の無理な投球で爆発した。病院の診断結果、ひじの靭帯が少し損傷していることがわかった。担当の医師は「中学から高校3年までにたくさん投げたために、ひじの状態が良くない」「十分に休息をとれば、これ以上悪化しないだろう」と説明した。

 

「ハン・ギジュが、勝負欲がとても強いせいもあるが、自分の体の状態を正確に知らなかった」としハン・ギジュは後にこう語っている「あのとき(アジアAAA選手権大会)9回まで投げて、ひじの負傷を大きくしてしまった」と明らかにした。KIAは、ハン・ギジュが入団するとすぐ、米国と日本でひじの状態を確認した。結果は、「ひじの靭帯の3本のうち、2本が90%以上損傷している」というものだった。

 

辻内は「腕に負担がない」と強弁したが、2005年のアジア選手権で、4日間で3試合25イニング432球を投げたのは、間違いなく無理があった。当時日本の代表監督だった迫田穆成監督(如水館)の「辻内はボールをたくさん投げるほど、より強いボールが投げられる」という主張は、エースの酷使を正当化しようとする言葉遊びに過ぎなかった。これが「怪物投手」を潰す「ほんとうの怪物」日韓に色濃い、こういう野球界の悪しき体質は、早急に改善されなければならない。と締めている

 

 

長谷川滋利の改革案

 

headlines.yahoo.co.jp

 

 

僕も夏は67回と68回大会に出場しましたが、当時とは甲子園の役割も少しずつ変わってきたな、というのが率直な印象です。

 「各校がそれぞれの教育理念に立って行う教育活動の一環として展開されることを基礎として、他校との試合や大会への参加等の交流を通じて、一層普遍的な教育的意味をもつものとなる」

 日本学生野球憲章にはこのように明記されていますが、野球を通した教育の場であり、社会性を養う大会ということですね。研鑽しライバルたちとお互いを高め合う。とても崇高な理念だと思います。また、あの大舞台で国中の注目と応援を受けてプレーできるのは、彼らの人生においてかけがえのない財産となってくれるでしょう。

 しかし、それをベースとしながらも、近年はどうしても「ショーケース」「プロへの階段」という比率が高まっています。これはその上のプロ野球というカテゴリーを目指す球児、勝つためにいい選手を欲しい球団の思惑が一致しているので、仕方のない部分はあります。僕も甲子園で投げていた時、プロを意識してなかったといえば嘘になります。

 それでも、「選手の教育、育成と将来」と「甲子園出場あるいは勝利」は決して天秤にかけられてはいけないものです。何よりも前者が重く、後者は前者のおまけ程度についてくるもの、という認識くらいでちょうどいいと僕は思っています。

 酷暑の連戦、エースの100球を超える熱投が彼らの将来のためになるかどうか。やはり大人が真剣に考えていくべき課題なのではないでしょうか。

 そんなことを思っていると、先日、ある講演で質問を受けました。

 「もし長谷川さんが高校野球の監督に就任したら、どういうトレーニングをしてどんなチームを作りたいですか? 

 これは意外というか、真剣に考えたことがなかったので面白かったですね。僕が出した結論は「甲子園を目指さないチーム」でした。

バント練習はあまりさせない
 誤解がないように付け足しますが、勝ちにこだわらないわけでもないし、プロを目指さないわけではありません。

 甲子園は先ほど挙げた「ショーケース」としての役割を終えようとしています。今はインターネットをはじめ、通信と情報の世界ですから、地方予選や練習試合だけでも有望な球児のリストは十分に作成可能です。甲子園に出なくてもドラフトにはかかります。

 全球団のスカウトが甲子園のバックネット裏に集って…という光景はもう既に昔話ですね。メジャーのスカウトも甲子園自体には注目していますが、それよりも今は所属している高校でどんな学習態度か、トレーニング量と肩の消耗度、というようなむしろ甲子園以外の生活に注目するようになっています。

 大谷翔平選手(北海道日本ハムファイターズ/花巻東高校出身)が、3年の夏の甲子園を逃してメジャー関係者が揃って胸をなでおろしたという話もあながち大袈裟ではありません。

 話を戻しますが、だからこそ普段から、ミドルティーンの成長に合わせた適度の負荷のトレーニングを積んで、週末は実戦をする。週明けは完全休養日。そんなルーティーンでチーム作りをするのが理想ですね。

 同時に総合的な野球の能力を上げたいので、ピッチャーとキャッチャーも含め、複数ポジションを経験してもらいます。バント練習は個人の判断でやるぶんには止めませんが、チームとしては最低限にとどめます。

 そうすると、できあがるチームは一発勝負の、世界でも最大級のトーナメントである甲子園で勝つことはできないかもしれません。

 負けたら終わりの甲子園への道では、どうしても強い打球を飛ばす打撃より、なんとか転がすバッティングが優先されてしまいます。ボテボテの内野安打でも、相手のエラーでもとにかく塁に出て、それを送って内野ゴロでも犠牲フライでも、とにかく1点を取る。エースのピッチャーが投げ、鍛え上げられた守備でその1点を守り切って勝つ。そんな野球になってしまいがちです。

 決してその野球を否定するワケではありませんが、そうなるとプロになって活躍できる選手としてアジャストできるのか。コンスタントに力を発揮する選手になれるのかという不安が残ります。

 僕が目指す野球部では、甲子園には出られないかもしれない。その代わりに、プロに入って活躍できるような、20代の前半から中盤にかけて才能が開花するような選手の下地は作れると僕は確信しています。

 バッティングひとつとってもまずはボールを遠くに飛ばすこと。野球の原点に立ち返って、そのために効果的なトレーニングをするには何が必要か、選手と共に考える。そんな野球部が現在の理想のひとつなのではないでしょうか。

ヒントを与える程度でいい
 こういうビジョンを説明したところ、

 「では球児のモチベーションはどこで保つのですか? 

 という鋭い質問が追ってきました。当然ですね。

 そこはアメリカ遠征という(人参をぶら下げるというと言葉は悪いですが)、ご褒美を用意します。

 例えば練習試合も公式戦も含め、年間の勝率を6割5分といった、そういう目標を設定します。それを達成できればシーズン終盤に渡米…そんなルールはどうでしょうか。

 前述のように数試合ごとにポジションも入れ替える中で、チーム全体としてどういう戦い方をして白星を拾っていくか、自ずと選手自身で考えるようになるんじゃないかな、と思います。

 この野球部の在り方は、ただのアイデアです。しかし、現在の日本の高校野球に不足しているものがあるとすれば、選手主導のチーム作りだと僕は考えていますので、それを埋めることができるのではとも思っています。

 僕の息子は高校生の時、南カリフォルニアアメリカの地区大会で決勝トーナメントまで進んで、キャプテンが「よし、チーム一丸になるためにみんなで同じヘアカットにしようぜ」と声をかけて、みんなでモヒカンにして楽しそうに盛り上がっていました。監督はそれをニコニコ見ているだけです。

 そのアイデアが選手間で出ること自体が素晴らしいことですし、大人はひょっとしてそれを見守り、方向がズレそうになったり行き過ぎたら、諌めたり注意を促すだけでいいのかもしれないなと思います。また、その注意の仕方も「アイデアは面白いけど、それは進むとどうなるか想像してみよう」といった、ヒントを与える程度でいいのかもしれません。

 これはアメリカと日本の比較論であって、どちらが優れているといった話では決してありません。それでも、甲子園という舞台には「坊主が爽やか」「監督の指示に服従するひたむきな球児」という前時代的なイメージがつきまといます。伝統という言葉は重みがありますし大切にしないといけない一方で、積み上げてきたものだけに注目しすぎると向上するチャンスを逸してしまうこともあります。

 100回大会を前に選手や指導者、メディアや保護者、ファンがそれぞれ、よりよい甲子園を育むために考えていくべき課題なのではないでしょうか。

 

 

 

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おぬぬめの本

スポーツのライターである @JeffPassan氏が執筆した「TheArm」の日本語翻訳版。かなり野球オタク向けだがトミージョン手術の話から、育成年代における投手の酷使と弊害について語った本